2015年08月19日
出征の日の写真に思う反戦・厭戦
――反戦、厭戦を厳に取り締まっていく。
こんな一文が新聞に掲載される時代。いまを生きる僕にとって、こんな馬鹿馬鹿しい文章が公然と報道されていたことに、改めて戦争の無意味さを感じた。
地元の施設で行われている、戦時中の資料展へ行った。国民服や「愛國」と書かれた消火弾など、当時の日用品などが展示されている。なかでも「出征」に関する資料が多くあり、心を打たれた。
僕よりもまだ若く凛々しい青年が、白黒の写真に収まる。襷を掛け、遠くを見つめる先に、彼らは何を見ていたのだろう。不安か、寂しさか。
傍らに立つ人たちはどうだろう。公然と反戦を唱えることすらできないうえに、肉親が戦地へと送り込まれる。お国の為にと喜び勇んで見送る「どうすることもできない不安」は、想像を絶する。
寄せ書きや出征幟に書かれた「武運長久」。生きて帰ってきてほしい、そう願い、数多く記されていた。言い換えれば、せめてもの「反戦・厭戦」であるとも思う。
悲しみや不安のための「武運長久」なんて欲しくもないし、送りたくもない。そして、こんなことを言い続けられる時代が続くべきだと、願うばかりである。
こんな一文が新聞に掲載される時代。いまを生きる僕にとって、こんな馬鹿馬鹿しい文章が公然と報道されていたことに、改めて戦争の無意味さを感じた。
地元の施設で行われている、戦時中の資料展へ行った。国民服や「愛國」と書かれた消火弾など、当時の日用品などが展示されている。なかでも「出征」に関する資料が多くあり、心を打たれた。
僕よりもまだ若く凛々しい青年が、白黒の写真に収まる。襷を掛け、遠くを見つめる先に、彼らは何を見ていたのだろう。不安か、寂しさか。
傍らに立つ人たちはどうだろう。公然と反戦を唱えることすらできないうえに、肉親が戦地へと送り込まれる。お国の為にと喜び勇んで見送る「どうすることもできない不安」は、想像を絶する。
寄せ書きや出征幟に書かれた「武運長久」。生きて帰ってきてほしい、そう願い、数多く記されていた。言い換えれば、せめてもの「反戦・厭戦」であるとも思う。
悲しみや不安のための「武運長久」なんて欲しくもないし、送りたくもない。そして、こんなことを言い続けられる時代が続くべきだと、願うばかりである。
Posted by 天国のひとかけら at 16:30
│青春